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グループ紹介

佐々グループを目指す学生の方へ

佐々グループの運営方針

佐々が院生に強要することは(i) 研究セミナーに出席すること、 (ii) 社会的マナーをきちんとまもることの2点です。 (i)は、研究室の活動として単位認定されるものなので、理由なく出席しないのは、単位をとれないことを意味します。 (ii)は、時間と空間を共有し、研究室を介して大学という公的機関を利用しているので、主宰者としての責任を負うからです。

これら以外は、基本的には、自分の判断で大学院生活をおくればよいと思います。 佐々が、集団で行動することを嫌っているため、研究室全体の行事は毎週のセミナー以外はありません。 研究室旅行や合宿などの行事は絶対にありません。

佐々は、自分の判断で、各院生がもっとも成長する路線を模索します。 当然のことながら、研究者の個性はまちまちです。 佐々がその個性をみぬき、うまくのばせる場合もあるでしょうし、逆に、そもそもその個性に気がつかない場合もあるでしょう。 したがって、うまくいく場合でも、その接し方は全て個別的になります。 佐々は自分なりに全力を尽くしますが、万能ではありません。

研究室の主宰者と院生の関係の微妙さは、様々な研究室で普遍的に存在する問題です。 佐々も主宰者になって悩んでいます。 しかし、佐々自身は、大学院生時代、指導教官である蔵本由紀氏との関係で悩んだ記憶がありません。 したがって、院生側からみた指導教官の有り様に関する不平不満や違和感については、自分の経験していないことを想像するしかないので、いまひとつピントがあっていない可能性が高いです。

佐々としてできることは、考えていることをできる限り声にすることだと思っています。各個人に対する接し方をなるべく伝えようとしています。上記の方針により、A さんに対する接し方と、B さんに対する接し方が全く違ってくるので、必要があれば、その違いについても説明します。

以上は2007年ごろに書いた古いものですが、そのままにしておきます。

佐々グループでの研究課題

ここでは、大学院生の研究課題の設定について書きます。

各個人の能力と個性に依存するので一律な規則はありません。 まず、各個人が自分で課題をみつける場合、その課題の重要性などを議論することはあるでしょうが、基本的には各個人の判断です。

おそらく、なんとなく考えたいことはあるけれど、方向性が鋭く決まらない場合がもっとも多いかもしれない。 この場合は、対話によってつめていくことになります。 また、とっかかりとして、いろいろな課題の可能性を提示することもあります。 これ以降は、個別的になるので、全ての場合を書きつくすことはできません。 しかし、この対話の段階で、佐々の個性ゆえに生じる問題を以下に書きます。

佐々が研究をすすめる際に用いる手段は、数値実験や鉛筆による計算や数学的な論証です。 とくに、理論物理で使われる様々なタイプの鉛筆による計算については、広く、かつ、(部分的には)深い経験があると思っています。 しかし、まず研究手段の選択があって、それにもとづいて課題を考えようとすることはしません。ある計算方法を学ぶための練習問題は積極的に考えるべきですが、研究手段を主たる研究の動機に考える気になりません。

佐々は、理論物理学の様々な確立した分野に敬意をもっていますが、確立した分野に枝葉をおくような研究をすることは望んでいません。 たとえば、現在、臨界現象の理解に本質的な進展をもたらす困難さを理解しています。 教科書を読んで既存のことを理解するのと、新しいことを見出してくのは全く異なる作業です。 過去の偉大な研究成果を勉強するのは楽しいことですが、それは研究とは違うと考えています。

佐々は、様々な現象に興味をもっています。 しかし、こみいっているだろうけれど、既存の理論の組み合わせで説明できることがすぐにわかる課題については、急速に冷めていきます。 既存の理論の強さを広げていくことは大事なことでしょうが、そのような路線で研究をすすめたくはないです。

佐々がしたいことは、新しい理論体系の発見です。 もちろん、そんな大きなことをふりかざしても何もでてきません。 その意識を忘れず、しかし、それにとらわれることなく、様々な問題について、あれやこれやと具体的に議論していくことを基本にしています。 具体的な問は、膨大にあります。 研究課題を設定するときの最大のポイントは、その膨大な問いのなかから、「自分ならこれが楽しめそうだ」といえるとっかかりを見つけていくことだと思います。

このとっかかりで期待したどうりに進むということはありません。 ボツにしたり、方針変更したり、ときには、白紙撤回したりします。 そういう風に、動的に課題をかえていくときにも、自分なりの自然な道を直感できるかどうかが大事なことだと思います。 今までの経験では、当初の目論見から微妙にずれていって、想定外の状況になって、そこから再びみえてきたときに、よい研究結果に到達できることも多いようです。

佐々は、普段、「自然さ」ということを口すっぱくいいます。 何かをしようとするとき、邪心をもって課題を設定してもうまくいきません。 「この課題は重要だから研究する。」とか「この課題をとうして自分の技術を高める。」とかは、ありがちかもしれませんが、佐々にとっては、邪な動機です。 邪な気持ちを持つのは当然だと思うし、それを、排除しろとはいいません。 しかし、その邪な気持ちが前にでると、結果につながらないと思っています。 研究にとりかかるとき、苛々感を覚えたなら、散歩にでかけて、その研究課題をやめるかどうかを見直すべきです。

具体的には、研究課題の選択で、研究室共通のテーマがあるわけではありません。 佐々自身の研究課題にとらわれる必要もありません。 ただ、非平衡系についての理論的考察を行う研究室なので、それと無関係な課題を研究する利点はないでしょう。