大学院生へのメッセージ

篠本 滋  version 4.5: 2016/02/12

大学院生に向けたメッセージをここにまとめます.基本的には京都大学物理教室の篠本グループの院生を想定していますが,一般に通じるメッセージも多く含まれていると思います.

1.大学院生活で何を最適化するか

人生の目標をどこにおいて大学院をどのように過ごすかはご自分の自由です.そのスタンスは以下の3つに大別できるでしょう.まずはそのどれをとるか,決めてください.私はそれに応じたアドバイスを行います.

スタンス[0]: 大学院時代に学籍だけ置いて別のことに専念する.学位は不要.卒業しなくても良い.

→ そのようないき方もあっていいと思います.私に前もって宣言しておいていただければ,他の学生に迷惑をかけない範囲で学籍のみ置いておかれることは構いません.友人として楽しくつきあいたいと思います.

スタンス[1]: 大学院を就職への標準的ステップと考えている.研究ということには特段の思い入れはないが,修士博士の学位は取得して卒業したい.

→ このようないき方もあると思います.学位取得については一定の基準は満たしていただく必要はありますので,私はその基準を提示し,それを満足したら学位取得できるというように誘導します.とはいえ,修士博士論文をまとめる作業量はそれなりに大きいので,最初から計画性をもって取り組んでいただく必要はあります.

スタンス[2]: 研究者になりたい.大学,研究機関,企業研究所などへの就職を目指す.学位を取得するだけではなく,自分の業績を最大化するように研究に打ち込みたい.

→ 大学院でしっかり研究に取り組まれることがいちばん望ましいと思っていますので,研究に意欲をもって取り組む人に対しては協力は惜しみません.共同研究は私の業績ともなりますから,自然と私自身も真剣になります.

2.研究者になるための成功の秘訣

【努力と運】
「しっかり研究に取り組む」のにもいろんなレベルがあり得ますが,取り組むなら若いときに人一倍のエネルギーを投入することをお勧めします.大学や研究機関の公募は高競争率ですから「京大大学院の中でもきわめて優秀」というレッテルがついたとしてもそれだけでは何の役にも立ちません.成功には努力と運が必要です.このうち自分でコントロールしやすいほうは「努力」でしょうから,そのファクターを最大化する必要があります.このメッセージでは,効率よく努力するためのアドバイスをまとめます.いっぽう「運」はコントロールできないファクターのように思えるわけですが,若い人を見ていると,幸運を自分から逃していると思われるケースをよく目にします.そういう人は自分がチャンスを逃していることに一生気がつかないのだろうと思います.運を逃していると思われる様々な事例,幸運をつかむコツ,などについては雑談の中でいろいろお話ししていきたいと思います.

【優秀さ】
私は昔は研究者には「学業成績の優秀さ」が必要だと思っていましたが,これまで数多くの学生を見てきた結果,必ずしも成績の良い人が良い研究者になっているわけではないということに気がつき,成績の優秀さが決定的に重要なファクターであるとは思わなくなりました.大学の教員には,明らかに優秀な人も確かにいますが,実は成績は良くはなかったと思える人のほうが多いように思えます.

【働きぶり】
よい研究職につくには,少なくとも最初に人一倍働いてインパクトがある業績を上げる,ということが必須の条件です.京大という恵まれた環境で学生生活をおくるには競争的な大学入試に勝ち残ることが必要だったわけですが,同様にその先も好条件の環境にいるためには競争に勝ち残っていく必要があります.若い間からゆっくりマッタリ暮らしたいというのも一つのいきかたでしょうが,その場合にはそのような競争には勝てないでしょうし,そもそも参戦もままならないと思います.研究のみならずですが,物事に打ち込むことが楽しいという心境になれるならハッピーでしょう.やってみてそれがつらいと感じるなら,参戦するのはやめたほうが良いかもしれません.ただし一般職なら競争がなくてマッタリ暮らせるかどうかについては私は知りません.

■研究テーマに前向きに取り組んで人一倍に働くことは業績を上げるための必要条件だと思いますが,入試などの学業成績が優秀であったことは必要条件でも十分条件でもありません.■

■ちなみに:好条件は限られているのでそこに競争がうまれるのは仕方ありません.むかし東京都と京都府が「競争のない社会」を標榜して学区制を導入して都立高校や府立高校に格差がなくなり進学校は消えましたが,その結果,私立一貫校が優位に立って親の経済力まで巻き込んだ,より大きな格差が生まれてしまいました.現実を見ずにきれいごとをいうのは無責任きわまりない行動だと思います.■

【研究以外のアクティビティ】
若い頃には恋愛もするでしょうし,スポーツや趣味の時間もほしいでしょうから,すべてを研究に投入するというわけにはいかないと思います.私は,研究が恋愛や趣味と両立しないなどとは思いませんし,上に「マッタリ暮らす」といったのはそういうことを指しているつもりはありません.むしろ禁欲的である必要はなく,恋愛にも趣味にも研究にも忙しくどん欲に取り組めばよいと思っています.要するにマッタリやるのではなくエネルギッシュに取り組めば良いと思います.

【山あり谷あり】
人生は山あり谷ありです.つねに最高速度で走る必要はないし,休みを入れるのもいいと思います.ただし上でいったように,スタートが良くなかった人はそもそも楽しいゲームにエントリーできない,という現実は知っておいた方がいい(エントリーできなかった人もたくさん見てきました).速度配分に関しては,いろんな人の人生を参考にして自分の人生設計を考えればいいと思います.私はスタートは結構華やかでした.その後,長いあいだマッタリしていましたが,今は再び全速力で走っています.私の知り合いや私自身の研究人生の有様については,折を見て紹介していきたいと思います.

■大学院5年間の間でも,ずっと順調にいくということはなく,そこに山も谷もあり,少しへこむ時期があるものです.そういうときに心が折れたりしないようにしないといけません.がんばりすぎる人には,無理しすぎない,という用心も必要かと思います.しんどいときは率直にそういってもらえば結構です.■

【話しかけやすさ】
成功している人には,年上から話しかけやすい,というタイプが多いように思えます.年上から話しかけやすい人にはアドバイスや良いテーマという形の「運」が舞い込みやすいし,そこに人一倍の働きがあれば認められて実を結びやすいと考えれば自然な結果です.ただしこの「年上から話しかけやすい」というのは,「同世代で人気があって話しやすい」というのとはちょっと違うように思えます.若者同士で語り合うのはとてもいいと思いますが,独立心が強くてシニアにアドバイスを求めないのは得策ではありません.

■教員と一線を画していることを吹聴したり,「あの先生はああいっているが,むしろこう解釈すべきだ」というように,仲間うちで自分の見識を自慢しようとする人は結構います.視点が平凡な人間同志が,こういう議論をやっていると大局を見失って取り返しのつかないことになります(実は世の多くの人はこういうことをやっています).たとえば論文の輪講を自分たちでやったりするのも大変良いのですが,専門家のコメントをきいてみることも大事です.むしろシニアの人を自分のために利用するつもりになって,なるべく直接話して意見を聞くようにすればいいと思います.私は声をかけてくれたらよろこんで会話につきあいますよ.■

【朝方vs夜型について】
皆さんの生活時間帯が夜型になっていくことは感心しません.朝に出てくるのは世界標準で,企業はもちろんですが大学でもスタッフになれるのは,普通それが守れる人です.守れなくて許されているのは非常にまれですし,海外でも守れない人はかなり批判されています.ドイツ人は5時帰りを守ろうとしますがそのぶん朝は非常に早いようです.日本人ビジネスマンは夜は遅いようですが,非効率でだらしない面もあるように思います.日本の大学院生は授業で朝に来るという必要性が少ないからか,さらにだらしなくなっています.

私は規則正しい生活をおくるタイプです.教員になっている人には朝方の人が多いと思います.この傾向は,研究者には自律性が必要でそのためにはリズムを作るのがいい,ということを反映しているのではないかと思います.医学部や工学部は時間を守る必要があるが,理学部はそうではないということをもって自由と受け止める人がありますが,それはあまりに表層的です.「自由」という言葉に踊らされて人生を狂わさないように用心することが必要だと思います.あたりまえですが,だらしないのと自由は違います.

ミーティングの時だけ対応しようとするのは無理で,結局は生活のリズムを変える必要があります.自分の習慣などいつでも調整・矯正できると思っているかもしれませんが,現実はそう簡単ではなく,矯正には何年もかかります.直す意思があるなら今すぐ始めることです.

【英作文能力】
むかしは,優れた研究をしていれば,必ずそれを見つけてくれる人が現れて,遅かれ早かれ評価される,というような楽観主義があったように思えます.実際に,昔はフェアプレイ精神が根底を流れていて,日本人の奇妙な英語で書かれた論文でも内容が優れていれば発掘されて名前をのこされるようなことがありました.しかし最近は論文の数も増え,競争も激しくなったので,うまく発信しないと無視されてしまう時代になっています.論文発表していても訴える力のないものは負けます.負けてから「エッセンスは同じことを言っていた」といって泣き言をいうくらいなら,人を説得できる表現力を身につけて勝つよう努力をしましょう.わかりやすい論文を書くというのは,英語力だけの問題では済みません.もっと多くのことを学ぶ必要があります.しかし英作文能力は必要条件ですから励んでください.

【英会話能力】
学会発表についても論文発表と同様に英語力が要求されます.この数年のあいだに国内学会でさえも英語の発表を求められるケースが増えました.学会のみならず社会全体として英会話能力を必要とされる時代になっていますので英会話もしっかり学習することを勧めます.私は同世代の日本人の中では英語はできるほうですが,あまり系統的な学習をしてきませんでした.良くない例として以下に紹介します.

博士課程修了まで:週一回程度の英会話教室には行ったことがありますが,当時日本にいる外国人は少なく,会話する機会は非常にまれでした.外国の偉い先生がきたときに自分の研究を紹介しましたが,むこうの質問はまるっきり理解できませんでした.ポスドク時代:基礎物理学研究所で2年半をすごしましたが,ここは当時の日本では例外的に外国人ポスドクが2,3人滞在していましたので会話する機会はありました.ただし片言話せるようになった程度です.助手時代:物理教室にうつりましたが,蔵本先生のところには外国人がよく来ましたので,そのお世話をする必要もあって話す機会がありました.一対一だと忍耐強く聞いてくれたので助かりました.助教授時代:36歳でオックスフォードに1年間出張しました.英語圏に暮らしてみて,ようやく英会話の必要性を痛感しました.子供の保育園の園長さんから「英語がうまいわね」と言われて「アメリカ人のビジターと話していたのが良かったかな」といったら「あなたのしゃべっているのはBritish Englishです」といわれて驚きました.よく考えてみるとそのアメリカ在住の研究者はケンブリッジの出身だった.それでもBritish EnglishとAmerican Englishの区別はつきません.1ヶ月ほど現地の英会話学校などにも行きましたがあまり上達しませんでした.その後10年以上たってからようやく研究がおもしろくなって外国人との交流も増えて,徐々に英語力が向上しました.いま考えれば,大学院の頃に実践的な英語を学んで十分なレベルに達していれば,その後の不便も少なく,外国人との会話ももっとできて楽しい生活が送れたかと思います.結局このレベルに達しないといけないのなら,最初に努力しておけばよかったのです.

■英語というのはそのように,早く習得すればそれだけ得をするというものです.なるべく早めに実践英語を習得することをお勧めします.toefulとかtoeicなどの実践英会話試験を想定した学習が効率的だと思います.留学するつもりがなくてもそういうことに取り組むことをお勧めします.■

3.共同研究について

院生で上のスタンス[1],[2]の選択をして研究に取り組むというケースにも,共同研究に参入するか,自分でテーマを選んで取り組むかの2択があります.篠本グループで共同プロジェクト外の課題にも取り組むのはご自由で,そのことによる不利益は生じないように致します.研究の進捗はご報告いただき,またアドバイスできることはお伝えします.ただしご自身で設定された研究がうまく進むかどうかについては自己責任でやっていただく必要があります.参考に下のコメントを読んでおいてください.

■何でも自分で進めたいという独立心があるのはいいのですが,研究テーマ選びを自分でやろうとするのには失敗例が非常に多いので,私としてお勧めはしません.「自由」というのは本来大変難しい概念ですが,この甘い言葉に踊らされて一時的に自由を謳歌したものの,その後は人生が楽しくなくなった(としか思えない)人をたくさん知っていますから,「自由放任」ではなくシニアからの直接の細かな指導の下でいろんなことを学ぶことを勧めています.■

■日本だけかどうか知りませんが,人に頼ること,人の指示にそのまま従うこと,を恥ずかしいと考え,むやみに独立することをあおるような風潮があるような気もします.私が若いときに,ある先生の下で研究をやっていた頃,別の若手から「君は言われたとおりのことをやっている(オリジナルなことはやっていない)」と非難めいて言われたことがありました.その場では屈辱的な感じもしましたが,私は研究方法を学び取ることに情熱を感じていましたから決意は揺らがなかった.そこで揺らいでいたら自分には何も残らなかっただろうと思います.このような非難をした人たちには優れた研究者になった人はいません.彼らは一人で大変な努力をしてはいるのですが,プロの高度なスキルを学び取るチャンスがないために,研究が素人仕事で終わっているのです.私の父が「囲碁は五段の人に習ったら五段近くまでいけるが,もしも初段の人に習ったら初段あたりまでしかいけない」というようなことを言っていますが,確かにプロになりたければ良いプロについて学ぶ必要があります(*).どんなに優秀でも,どんなに努力しても,教科書を読んでいるだけではプロにはなれません.大学院を学びの期間と位置づけて教員からいろんなことを吸収すればいいと思います.ただし,教員が忙しくて直接指導していない研究室も結構多いので,そういう研究室は避けた方が良い.また逆に,時間があって指導はしてくれるが国際的に見てレベルが低い研究室も多いので,そういう研究室も避けた方が良い.良い研究室に巡り会うのは結構難しいものです.

(*)徒然草第百五十段にも同様の趣旨のことが書かれています.■

■プロジェクトには完全従事しながら,並行して独立の研究テーマを個人的に進めるということは原理的には可能ですが,いろんな事をつまみ食いするのは効率の良い学習ではないと思います.物事を学ぶには,時期に応じて先生を決めてしっかり学び,所属が変わる時期が来たら,新しい環境で全く別のことを学ぶのが良いと思います.在学中には私に100パーセント関わり,卒業したら100パーセント私から独立して,次に所属するグループと100パーセント関わっていくことを勧めます.在学中にはとことんつきあって何もかも根掘り葉掘り聞いておいて,卒業すればせいせいして振り返らず次の仕事に取りかかる,というのが人生の達人だと思います.むろん卒業しても仲良くつきあってください.人生相談などしてくれるのは歓迎ですよ.■

■在学中にせよ卒業後のポスドクにせよ,グループから独立性を保つほうが自分のオリジナリティを占有出来るからよい,と考えるかもしれません.しかし,ホスト研究者は,腰掛けで居る「他人」に対しては,自分たち「仲間」のもっている知識,技術,アイデアは教えてはくれません.これは研究を守るための当然の行為です.独立性を保ちながら良いところだけ取ってやろうというのは,虫がよいというよりは,むしろその当人の風評を落とすという意味できわめて危険な考え方です.ポスドク時代も大学院と同様,自分にスキルをつけるための修行の場と考えて受け入れ研究グループになじみ,メンバーとして寄与していくのが自分のためにもなると私は思います.そのためにも,学べるものをたくさん持っている,実力のあるグループに所属すべきです.私はこの歳になっても人生は一生学ぶものだと思っています.■

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大学生へのメッセージは http://www.ton.scphys.kyoto-u.ac.jp/~shino/students.html
シノクラブ・プロジェクトの取り決めは http://www.ton.scphys.kyoto-u.ac.jp/~shino/rules.html
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